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INTERVIEW
2024.01.15
三堀大介 有限会社サイレン

映画をヒットへと導く、エンターテインメントをビジュアルで伝える仕事

ウェブでの検索、スマホのアプリ、たまたま手にとったチラシなど、見たい映画と出会うときに大きな役割を果たすのがビジュアルだ。デザイン事務所の有限会社サイレンは、あらゆるジャンルの映画のポスターやチラシなど宣伝物のほか、Netflixのクリエイティブ・エージェンシーとして提携し、動画配信用のビジュアルも手がける。代表の三堀大介さんに、デザインで重視していること、これからの映画宣伝や働き方について伺った。
文・編集
佐藤恵美
写真
金川晋吾

1枚に、たくさんのヒントを散りばめる

——サイレンでは映画の宣伝物を中心に、さまざまな仕事を手がけられています。グラフィックデザインのなかでも、映画の仕事はどのような特徴があるのでしょうか。

グラフィックデザインの業界だと、マス広告の仕事とエンタメの仕事に大きくわかれていますが、サイレンでは映画を中心に、舞台やテレビ、展覧会、スポーツなどエンタメ全般の仕事をしています。特に映画の場合は、宣伝対象がある種の芸術作品です。見る人にとっては、映画のポスターも映画の一部。作品表現の一部を担う仕事だと思います。映画ができあがってから話をいただくことは多いですが、邦画だと台本の執筆段階で声がかかることもあります。

代表取締役社長 三堀大介さん

——最近のお仕事ですと、2020年夏に公開予定の映画『ソワレ』のチラシが印象的です。

第一段のビジュアル展開では劇場ごとにチラシのカラーリングを変え、全部で10種類あります。オモテ面のビジュアルに情報をほとんど載せていないのは、話題性を目的としているからです。ウラ面もキャストと監督、プロデューサーの名前など限られた情報しか入れていません。

この仕事を始めた20年ほど前から「紙媒体はいずれなくなるからウェブの勉強をした方がいい」と言われてきましたが、いまだ紙好きな人は多いですよね。特に映画のパンフレットは日本にしかない文化です。この『ソワレ』のチラシも、1種類につき1つの上映館でしか手に入らないので、すでに東京一円の映画館を回ってくれたファンの方もいるようです。

2020年夏に公開予定の映画『ソワレ』のティザーチラシ

——映画についての情報は少ないですが、そのぶん、物としての美しさが際立っていて「気になる」「ほしい」と目を引きます。

例えば、昨年異例のヒットとなった『ジョーカー』もポスター一面に大きな顔とコピーだけ。それが強烈なインパクトとなり大ヒットに導いていると思います。プロデューサーのマーケティングの巧みさが、最終的にデザインにもあらわれた好例ではないでしょうか。弊社でも『デッドプール』シリーズや、『ジョン・ウィック』シリーズなどの大作では、シンプルで印象の強いビジュアル表現を心がけました。

——インパクトという点では、サイレンのお仕事のなかで気になった作品は『岬の兄妹』でした。

この映画はある兄妹の話ですが、ビジュアルに映画の内容を隠しています。例えば、タイトルの文字は手書きで書いたものですが、「兄」という字は足が不自由な主人公を表現していたり。ほかにもいろいろな仕掛けを入れていますが、映画を見る前に気づかなくても、見たあとに「なるほど!」となるともう一度見直そうかなと思うかもしれません。そのループが好きで、仕掛けを仕込むことも多いんです。

2018年に公開された映画『岬の兄弟』のフライヤー

——内容を知っている人にも、知らない人にも届くビジュアルになっているんですね。映画の鑑賞前後で見え方が変わるのが面白いです。ほかにも仕掛けを入れた作品はありますか。

最近の仕事だとA24が製作した『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』にもいろいろな仕掛けを入れています。ネタバレになるので多くは語れませんが、映画の内容はダーク・コメディ。主人公のディックが友人たちとガレージで飲み会をしていた晩に死んでしまった、その真相を探っていくストーリーです。タイトルロゴも含めて、ポスターにはいろいろなヒントを隠しています。アメリカのオリジナル版ポスターとは雰囲気は違いますが、映画を見た人には「そうか!」となると思います。

2020年8月7日公開予定の映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』の公式ポスター

——そのほかのお仕事のなかでも、佐々木芽生監督の『ハーブ&ドロシー』のシリーズも印象的です。

『ハーブ&ドロシー』がヒットしたことでアートドキュメンタリー映画の仕事を多くいただくようになりました。『ハーブ&ドロシー』のようにしてほしい、と。そうやってジャンルのトーンができていくのは大事なことだなと思います。どんなジャンルも引き受けていますが、それぞれの「ジャンル感」を勉強するのは楽しいです。アクション、コメディ、ロマンス、ドキュメンタリーなど、いろんなジャンルがありますが、そのビジュアルを見たときに自分が見たい映画かどうか、すぐに判断できるのは「ジャンル感」。そのトーンをつくっていくのはデザイナーの仕事だと思います。

前作『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の続編として2013年に公開された映画『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈り物』

動画配信サービスで求められる表現と、映画宣伝のこれから

——サイレンは、Netflixが推奨する優良なクリエイティブ・エージェンシーとして提携されています。Netflixの厳しい条件を満たすエージェンシーは、サイレンを含めて日本では数社しかないそうですが、これはどのような制度でしょうか。

NPCANetflix Preferred Creative Agency)プログラム」と呼ばれ、Netflixが配信する作品のビジュアルをつくっています。Netflixオリジナル作品のほか、劇場公開映画、国内外のドラマなどあらゆる作品がありますが、すでにあるポスターやチラシなどのビジュアルとは別に、Netflix用にデザインをします。

Netflixは様々な動画配信サービスのなかでもダントツでグラフィックに力を入れているんです。ABテストを行い、膨大な数のリサーチ結果から最適化された表示を導き出しました。僕らのようなグラフィックデザイナーがその規定のなかでつくっています。大事なのは、1枚のビジュアルのなかに描かれている要素はなるべくシンプル、伝わりやすいこと。同じ作品でもユーザーの視聴履歴によって表示する画像が自動的に変わるので、1本のタイトルに対して複数のパターンを用意しています。

——映画のビジュアルをつくる仕事でも、『ソワレ』のように紙媒体の面白さを生かす仕事とは違う視点が求められますね。

Netflixの仕事は、ユーザーが何に一番反応するかという傾向に基づいていて、とても学びになります。ここ10年ほどで、Netflixをはじめ動画配信サービスの利用が拡大し、映画宣伝のあり方が大きく変わりました。映画のビジュアルも変わっていく過渡期だと思います。かつては映画のポスターが街場に貼られていた時代もあったけれど、今は映画館以外ではほとんど見かけません。うちの若いスタッフが映画を何でチェックするかというと、「Filmarks(フィルマークス)」というスマホのアプリです。わずか数センチほどの小さなビジュアルで「何を見たいか」を瞬時に判断する。そのときに目を引くのは鮮やかで要素が少なく、何が描かれているかがはっきりとわかるもの。Netflixの仕事で日々勉強してきたことなんですね。

ポスターもチラシも大事ですけれど、同じものが展開されるキービジュアルの表現としては、小さくても視認性があるものに軸足を移さなければいけないと思っています。また、印刷はCMYKですが、ディスプレイはRGBと、色の表現も変わってきます。

——映画やドラマなどの映像作品を、要素を削ぎ落として1枚のビジュアルで表現するのは難しい技術だと思います。

「これも入れたい」「こういう側面もある」とビジュアル面もテキストも要素をたくさん入れたい、という依頼もあります。もちろんそのほうが良い場合もあるのですが、画面にいろいろな要素を詰め込んだ結果、逆にターゲットに響くものから離れてしまい、十分に魅力を伝えられていないということがよくあります。なので、クライアントがどこに届けたいのか、誰に届けるのが良いのかといった情報の交通整理をするのも僕らの仕事です。クライアントの言葉の真意を汲み、「それはこういうことでしょうか?」と提案して「そうです!」といわれるような仕事をしたいと思っています。

アイデアを生むために大事なこと

——新型コロナウイルスの影響では、日常も働き方も大きく変わりました。サイレンでもリモートワークなどの対応をされていたのでしょうか。

実はコロナの前から、毎日同じ時間に出社する働き方を変えていました。就業時間イコール出社時間ではない、と。多くのクリエイティブの仕事に共通すると思いますが、結果が作業時間に比例する仕事ではありません。スタッフが自分で時間の使い方を選べるよう、自宅にも事務所と同じスペックのパソコンを支給してデータはクラウドで管理していました。なので、外出自粛の期間も問題なく、普段と同じパフォーマンスでリモートワークができていたのではないかと思います。

——今回の状況から、改めて気づいたことや考えられたことなどがあれば教えてください。

このコロナでいろいろなことを考えましたが、特に2つの「場所」について思ったことあります。1つは人が集まる場所です。リモートワークでも仕事ができるけれど、顔を合わせないと些細なニュアンスを伝えにくいし、受け取りにくい。その不都合を感じています。やはり人が集まる場所は必要だな、と。オンラインでの打ち合わせも大きな問題はありませんが、クライアントの微妙なニュアンスや真意を汲み取りきれているかな、と思う部分もあります。

もう1つはアイデアが生まれる場所についてです。デザインのアイデアも「セレンディピティ」のようなものが必要です。それはパソコンの前ではなく、離れたときにふとひらめく。ジェームス・W・ヤングの『アイデアのつくり方』にも書いてあったのですが、いろいろなリサーチをして、考えたあと、そこから離れることが大事だと。自粛のときは自宅にこもりパソコンの前にじっとしがちですが、それだけではだめだな、と思いました。

——この事務所にもたくさんの本やレコード、DVDなどがありアイデアを生むという点でも、大事な場かもしれませんね。

僕たちは肩書きをグラフィックデザイナーとしていますが、アイデアを考える仕事だと思っています。『アイデアのつくり方』には、アイデアは何かと何かの組み合わせだともありました。先ほどの『ソワレ』のビジュアルも、資料としてたくさんの場面写真をもらったとき、「マーク・ロスコの絵画のようだ」と思ったんです。それで「抽象画のようにしたい」とプロデューサーにいうと、気に入ってくれました。

そういう意味でもインプットは重視していて、弊社はスタッフの映画館や美術館の鑑賞料は全額支給にしています。事務所の上のフロアに試写室をつくって、週に一度はスタッフ全員で映画の上映会をしています。この事務所にある本も僕が好きで集めているものですが、スタッフにとってはここでしか出会えないものもあるかもしれません。図書館や本屋でもいいですが、こうした物理的な情報は、グーグル検索とはちがう出会いを生みますよね。

同社オフィス。映画関連の書籍、グッズ以外にも、良質なインプットのための写真集、アートブックなどが所蔵されている

事務所の試写室。コンパクトなスペースだが、映像は4K、音響はドルビーアトモスを導入と、映像体験にもこだわっている。床のラグには映画『シャイニング』に登場するホテルのカーペットの柄。三堀さんの映画愛が詰まった一室だ。

  • 有限会社サイレン

    • 〒153-0051
    • 東京都目黒区上目黒1-5-15 第三フレンドビル 4F
    • TEL 03-5721-1278
    • 代表取締役 三堀大介
    • https://www.siren-japan.com/

 

【魔窟シネマ】

三堀さんと映画プロデューサーが映画の“まわり”を楽しく語り尽くすYoutube番組。