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【連載】ART&DESIGNの仕事 第13回 アートプロデューサー:橋本誠

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台東区のオフィスにて、橋本誠さん



プロデューサーとは、予算を獲得しその配分することに加え、人員の管理も行って制作進行全体を司る、プロジェクトの大黒柱のような存在だ。映画やテレビ番組制作の世界ではおなじみの職種だが、アートの現場ではどのような活躍を見せているのだろうか。フリーランスのアートプロデューサーとして注目されている橋本誠さんに、実際にはどのような仕事をしているのか、活動の指針としていることなどについて話を聞いた。


Q アートプロデューサーの仕事について教えてください

アートプロデューサーというと、“お偉いさん”というイメージがあるかもしれませんが、私の場合はそんなに大仰な仕事はあまりしていません。実際の仕事は、企業や自治体、アーティスト、NPOなどがアートを通じて何かをやりたいと思ったときに、実現するための仕掛けを一緒につくるお手伝いのようなことが多いです。とにかくいろいろな人から相談を受けます。取り壊し前の住宅展示場や銭湯などを使い、アートで何かできないか?という話もあります。「アートに何かできることがあるはずだ」と考える人とアーティストの想いとをマッチングさせるべく、日々奔走しているという感じです。東京文化発信プロジェクト室に在籍していた経験もあってか、行政のお手伝いをすることも多く、昨年は横浜市の創造都市政策を広くPRするキャンペーン「OPEN YOKOHAMA」のコーディネーターという立場での仕事もしていました。

Q 実際の仕事について、詳しくお伺いできますか?

例えばOPEN YOKOHAMAは、BankART1929など、アーティストやクリエイターが制作・発表の場として利用できる拠点の設置・誘致を、横浜市が推進してきた流れをふまえて行われていました。今では普段から多くの拠点で展覧会やイベントが行われるようになってきたわけですが、秋の一定期間にキャンペーン的に広くその状況を発信するための仕組みがOPEN YOKOHAMAでした。ここでの私の仕事は、普段はアートやクリエイティブの拠点に足を運ばない人にもその存在を知ってもらうきっかけづくりをすることでした。具体的にはWEBやフリーペーパーの制作にあたって、制作会社や横浜市側の担当者と話し合い、編集方針の提案などを行っていました。

また、OPEN YOKOHAMA特別プログラムとして横浜市庁舎でのアーティスト・曽谷朝絵さんのインスタレーション展示の企画制作も担当しました。この期間ならではの目玉企画となり、普段はアートスペースに足を運ばない方にも体験してもらえる場や展示の内容となるように意識してこの企画を提案し、予算やスケジュールの管理、設営補助、広報ツールの制作や記録まで企画に伴うすべてのプロセスを担当することになりました。



横浜市庁舎ロビーでのインスタレーション 曽谷朝絵《みずのわ》
OPEN YOKOHAMA 2012 特別プログラム



このようなクライアントワークのほか、BankART1929の公募企画で選出されたことで実現した幸田千依展など、展覧会のプロデュース事業も行っています。この展覧会では、アーティストと一緒にただ展覧会を実現するだけではなく、作品を販売することにも前向きに挑戦しました。横浜にはアートを購入する人や場が少ないと言われていましたが、すでに幸田さんの作品を知るファンの方に積極的にお声がけするなどして、6人もの方に作品を購入いただくことができました。展覧会をきっかけに新聞の挿絵連載が決まり、その後はアーツ前橋でのレジデンスプログラムに参加することになるなど、アーティストにとって、次のチャンスをつかむ機会を生み出すことにつながったのも重要な成果です。



幸田千依 真昼の不知火 2013 キャンバスにアクリル絵具、油彩 116.7×91cm



Q 現在の仕事をされるようになったきっかけは何ですか?

横浜国立大学で教えを受けていた室井尚先生が、2001年の横浜トリエンナーレでアーティストの椿昇さんと《インセクト・ワールドー飛蝗》という、ホテルの外壁に巨大なバッタを展示する作品を共同出品し、私はその制作過程を記録する手伝いをしていました。そこで初めてアートに触れることになるのですが、実に様々な分野の方々を巻き込む「プロジェクト」として作品がアートという概念にとどまらない広がりを見せていった点が魅力的だと感じました。

同時に興味を持ったのが、室井先生と椿さんを引き合わせ、この共同制作を提案した横浜トリエンナーレ2001のアーティスティック・ディレクター、河本信治さんの存在です。こういった企画には裏方がいて、しかも重要な存在らしいということを知りました。

また、横浜トリエンナーレ2001はもちろん、その後にも大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ、とかち国際現代アート展「デメーテル」などを見ることで、美術館やギャラリー以外の場所でアートを鑑賞する面白さや、観光とアートが組み合わさることの可能性を感じ、自分でもやってみたいと思うようになりました。ちょうどその時期は横浜市が「クリエイティブ・シティ」を標榜しだした頃で、手が届きやすい価格で利用できる施設がオープンしたり、アートプロジェクトへの助成の仕組みが整ったりしてきた頃でしたので、助成金交付を受けて横浜と神戸で同世代のアーティストを中心としたグループ展「都市との対話」(2007)を開催したり、横浜のドヤ街でアートを展開する「KOTOBUKI クリエイティブアクション」(2008〜)を立ち上げたりしました。手弁当だった時期も長くありますが、こうしたことが始まりです。現場叩き上げで、流れでここまできてしまった人間です(笑)。

Q 現在の仕事環境について教えてください。

最近では複数のプロジェクトを同時進行させることが多く、プロジェクト毎にチーム編成をして仕事をするスタイルで、アシスタントやインターンに協力してもらうことがあります。そのため最近、事務所をシェアオフィスにしました。ひとつのプロジェクトにフリーランスのアートマネージャーやアシスタントが複数人参加する際、離ればなれで仕事をしている状況では効率が悪いと感じたことから、少し無理をしてでもシェアできる環境を用意しようと考えたからです。私にとっても長い目で自分たちの仕事を考えていきたい時期でもあり、勉強会のようなこともしていきたいので、小さくても場所が必要だということもありますね。



シェアオフィスの様子



Q 今後の展望についてお聞かせください

後世に残る仕事ができるようになりたいです。人の記憶に強く残るような質の高い展覧会やイベントの企画にも関わっていきたいし、そういったものを紹介する新しいメディアづくりもやりたいことのひとつです。年々増加しているまちなかでのアートプロジェクトや芸術祭など、表現の場が多様化、増加する一方で良い取り組みがあまり知られていで終わることも増えているような気がします。そういったものを伝えたり、残したりするためには、新しい形のメディアやドキュメントの制作手法が必要だと感じています。また請け負い仕事ばかりではなく、自分たちでお金を稼ぐ仕組みを構築するようなことにも取り組んでいきたいと思っています。

(文・写真=友川綾子


【プロフィール】
橋本誠 はしもと・まこと | 1981年生まれ
ギャラリー勤務を経て、2005年よりフリーのアートプロデューサーとして活動を始める。2009〜12年、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)に所属しプログラムオフィサーとして「東京アートポイント計画」の立ち上げを担当。都内のまちなかを舞台にした官民恊働型文化事業の推進や、アートプロジェクトの担い手育成に努める。2012年より再びフリーのアートプロデューサーとして、これからの時代を見据えながら、様々なプロジェクトのプロデュースや企画制作、ツール(ウェブサイト、印刷物等)のディレクション等を手がけている。
http://diacity.net

▽橋本誠さんのレクチャーイベント
「コトブキ編集塾」
レクチャー「”使える” プロジェクト・ドキュメントブック制作事例集」
日時:12月16日(月)19:30〜20:30
講師:橋本誠(アートプロデューサー、寿オルタナティブ・ネットワーク)
http://creativeaction.jp/?p=103

▽橋本誠さんのシェアオフィスでは、シェアメイトを募集しています
詳細は下記URLにて
http://diacity.net/?p=395