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【連載】ART&DESIGNの仕事 第8回 美術批評家:沢山遼

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美術作品をよりよく理解するために必要とされるのが、作品の本質を読み解き、どう解釈すればよいのかを提示してくれる美術批評家の存在である。SNSやブログなどで個人が気軽に美術作品の感想を発信できるようになった今、美術批評のあり方にはどのような変化があるのだろうか。若手美術評論家の一人、沢山遼(さわやま・りょう)さんに、日頃の仕事がどのようなものなのか、また美術批評の現在について話を聞いた。

Q 具体的にはどのようなお仕事をされていますか?

主に、論文やレビューなどの形式で、芸術や美術に関する文章の執筆と研究をしています。現代美術の動向について執筆することも多いですが、現存作家に関わらず、近代以降の芸術についての理論的な考察を行い、現状を打開するための様々な道筋を探っています。ひとくちに美術批評家といっても、そのアウトプットには多様なフォーマットがありますし、美術批評家という仕事に対する定義が自分自身の中に完全に定まっていて、能動的にその仕事を実践しているというよりは、人間関係を含む多様な関係性のなかで、社会から求められた自分の能力や技術を実践しているという段階です。

Q 沢山さんにとっての美術批評はどのようなものですか?

重要な芸術作品は複数の要素から成り立っていますので、必ずしも一元化され得ない。美術批評とはそうした作品の複数性を、単純化したり矮小化してしまったりする危険性も持ちつつ、複数性にひとつのつながりを見出す技術でもあるのではないかと考えています。あるいは具体的なオブジェクトやマテリアルから感じる感性的な情報に、ひとつの客観的な価値や整合性を与えていくこと。僕自身は批評のそのような側面に知的興奮を覚えてきたところがあります。

Q 美術批評家として活動されるようになったきっかけを教えてください。

『美術手帖』主宰の第14回芸術評論募集(2009年)に応募し、第1席をいただくことができたことがデビューのきっかけです。武蔵野美術大学の芸術学修士課程を卒業して2〜3年程経った、26歳くらいのときです。それ以前も他媒体で文章を発表したりもしていましたが、受賞したことで『美術手帖』からも原稿依頼が来るようになり、継続的に文章を書くようになりました。技術や才能、語学力、使命感等が必要であることは他の仕事と同じですが、僕自身は、とくに批評家を目指すわけでもなくなってしまったので、キャリア選択のひとつとして批評という仕事があるとは思えません。その一方で「批評」という営為自体は今後も決してなくなることはないと考えています。

Q 展覧会やプロジェクトにはどのように関わっていらっしゃいますか?

今は、埼玉県の所沢で開催されている「引込線」という展覧会に、実行委員の一人として関わっています。ここでは主に論文集を併せた展覧会カタログの制作を担っていて、執筆者の選定と依頼を行いました。もうひとつは新宿のギャラリー、ユミコチバアソシエイツのバックアップを受けて企画した「前夜/前線」というプロジェクトを進めています。「前夜/前線」は戦争と絵画という問題から4名の作家をリサーチしてトークイベントを行うほか、最終的に書籍として出版するというものです。いずれも美術作家、美術史研究者、美術批評家、美術館学芸員など、ともに美術の分野に属しながら別々の肩書きを持った方々が参加していることが共通点です。

というのも、僕は美術批評の職能を特権化したくないと考えてるんですね。実際に、現在多くの言説が、作家たちの手によって生産されるようになっています。ひらたくいうと、批評とは、物事を吟味して、その美的・倫理的な妥当性を判断するということですから、そもそも誰しもが生きるうえで日々行っている必須スキルといえます。つまり、批評は普遍的なものであると。だから僕は美術の世界でも、あらゆる場所で批評が遍在し、噴出することにより、ものごとのジャッジメントが正常に機能する状況をつくりたい。「引込線」と「前夜/前線」で共通して意識しているのは、作家や学芸員など、複数の立場が連携して言説が生産されるというネットワークの構築です。「批評家が書いたものが批評である」という回路を脱したい、つまりは批評の概念を拡張したいのです。

Q 美術批評の現在をどうお考えですか?

「批評は終わった」と言われますが、この「批評」とはいったい何を指しているのかなと。そこで定義されている批評が狭義の批評なのであれば、僕がやっていることはむしろ批評の終わりや解体を加速させることなのかもしれません。しかし、あらゆる場所に批評を機能させることで、批評が生き延びるということもあるだろうし、再構築されていくこともあるでしょう。そうした動きに参入し、美術批評の意味を再び活発化し先鋭化させたいという想いがあります。

今、美術批評の状況を再編成するという動きは盛んに行われています。例えば雑誌『ART TRACE PRESS』『組立』『ART CRITIQUE』など、専門的な美術書を多く取り扱うナディフのような書店でしか取り扱わない少部数雑誌が刊行されています。今回の『引込線 2013』もその流れに合流できるかもしれません。批評のメディアはこれまでと出版の流通形式から変わっているのです。インターネットが普及したから批評が衰退したという単純な話ではなく、流通形態自体が多様に変化し、そのオプションが増えているということです。その変化のなかで、どのように具体的なインフラを構築するかがこれからの課題となっていくでしょう。

(文・写真=友川綾子


【プロフィール】
沢山遼 さわやま・りょう | 1982年生まれ。
美術批評
http://ryosawayama.sakura.ne.jp
近刊の論考に「ことばはダンス足りうるか?―高嶋晋―《Half of Us》」(『ドキュメント 14の夕べ(仮)』)東京国立近代美術館(編)、青幻舎)、「ポスト=メディウム・コンディションとは何か?」(『コンテンポラリー・アート・セオリー』)EOS ART BOOKS)、「若江漢字―差異と遅延の部屋」(『若江漢字 境界―転覆と反転』YCA,Tokyo)、「「意識的構成主義」という名のオートマトン―村山知義と身体の衝撃」(『引込線 2013』「引込線 2013」実行委員会)の4本を予定。


▽沢山遼さんが実行委員として参画されている展覧会
美術作家と批評家による第4回自主企画展「引込線2013」
2013年8月31日(土)〜9月23日(月・祝)
開場時間:10:00〜17:00
開催場所:旧所沢市立第2学校給食センター(埼玉県所沢市中富1862-1)
入場料:無料
http://www.hikikomisen.com

「引込線2013」展覧会カタログ
発行予定日:2013年10月下旬〜11月初旬
販売予定価格:2,500円
発行予定部数:1,000部
*「引込線」展覧会場での予約申込か、「NADiff」で購入可能


画像上_「引込線2013」展示会場にて、沢山遼さん
画像下左_「引込線2013」関連トークイベント、「経験を越えて」開催の様子
画像下右_校正中の原稿