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【連載】ART&DESIGNの仕事 第7回 アートワークリノベーション:稲吉稔

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「アートワークリノベーション」という言葉は、美術作家でスペース運営やイベント企画なども手がけ、横浜・若葉町のnitehi worksを拠点に活動する稲吉稔(いなよし・みのる)さんの造語であり、仕事だ。既存の建物を改修し、用途や機能を転換してその場所の価値を高める「リノベーション」と「アート」が、どう結びついているのか。また、そうしたリノベーションを行うことで、その場所に何が起こるのか。アートワークリノベーションの発想の原点を聞いた。


Q アートワークリノベーションについて教えてください。

これは「アートワーク」と「リノベーション」を掛け合わせた造語です。サイト・スペシフィックなアートを制作する際、その地域にある人の営みやその場所にある人の記憶を手がかりにしますね。制作中に手を動かしながら気がついたこと、そこから受けるインスピレーションを取り込みながら作品ができあがっていく。そうしたアートを制作する手法を、建物をリノベーションする際に用いるのが、アートワークリノベーションです。場と関わることで生まれるデザインが、僕の活動の大きなテーマです。

Q 美術作家としての活動も続けておられますが、転機と思うようなタイミングはありますか?

29歳の時に入ったBゼミ(註1)での経験です。想像もしていなかったような価値観をいただきました。ゼミでやっていたことはチンプンカンプンで、そのときはなんでここに来ているんだろうって(笑)。そうして無我夢中で学んだことが、年月をかけて自分がやっていることと重なってきている実感があります。Bゼミの主たる目的は、すでに持っている概念を崩すことだったのではと。そう考えると重要な場所だったのだと思います。今はそういう場所はあまりないですよね。

Bゼミでヤン・フートの「シャンブル・ダミ」展(註2)のスライドを見せてもらった頃、タイムリーに世田谷で野外展をやらないかという話をいただいて、それが自分で手がけた最初の企画になりました。まちの中でアートが存在できるかという問いに僕なりに答えた。アートというと絵や彫刻を思い浮かべる人々に、インスタレーションを見せるというようなことをしていました。僕自身の作品は、それまでの造形的なものから空間的なものに変わりました。サイト・スペシフィックという言葉をずっと後に知るのですが、聞いたときに「うまいことを言うな」と(笑)。自分の作品はまさにそれであると思っています。

Q アートワークリノベーションの原点はなんでしょう?

以前、神奈川県大和市のプレハブを借りていました。元倉庫で30坪ほどあり、最初はアトリエでしたが次第にそこで生活するようになりました。僕1人のときは4畳半の畳にキャスターを付けて移動可能な床をつくり、そこに寝泊まりしていたのが、妻と2人で住むようになり、子どもが生まれと生活が変わっていくなかで、その時々で必要なときに必要なものを生み出していくという暮らし方でした。何もない土間だけの倉庫から、リビングができて、寝室ができて、FRPで風呂をつくりと。倉庫裏の竹やぶにつくった、足湯だけなら大人10人ぐらいは余裕で入ることのできる大きな風呂は、台所からウッドデッキ行き来できるようにし、開放的な空間でしたね。その開放感が良かったのか、子どもが友達を連れてくるようになり、その親が来てと、次第に頻繁に人が集まってくる場所になりました。倉庫を生活の場に改修することで、人が集う場という新しい価値が生まれた。リノベーションとはこういうことをいうのではないかと、意識し始めたのはこの頃です。その後、横浜の若葉町に移り、nitehi worksを始めた頃(2010年)から、アートワークリノベーションという言葉を使うようになりました。

Q アートワークリノベーションを手がけた場所と、その場所にかける想いを教えてください。

まずは、若葉町のアートスペースnitehi worksです。元信販会社だった建物をリノベーションして運営しています。イベントの場として提供もしますし、様々な企画・プロジェクトを発信していく僕自身の拠点です。最近は関内のシェアオフィスnitehi studioの運営も始めました。リノベーションがほぼ終わったところで、この9月1日から入居者が入りました。リノベーションのみを手がけさせていただいたのが、関内のシェアオフィス・さくらWORKSと石川町の元駄菓子屋だったアートスペース「と」、それに、さくらWORKSが運営する200平米のイベントスペース「さくらWORKS右側」ですね。

自分が関わることで、その場所の風通しがよくなればいいなと思っています。大和市のアトリエ兼住宅のように、人が自然と集まり、気がつくと会話の中で次の企画が生まれてくるような場所をつくりたい。人と人がつながってきて面白いことが起こってくる場所に自分自身も居続けたいんですね。街の中にそうした場所を増やして、街自体の風通しをよくしていきたい。ここ最近、リノベーション案件が続いたので、自分自身の制作にも注力していきたいです。

(文・写真=友川綾子


【プロフィール】
稲吉稔 いなよし・みのる
アートワークリノベーション/美術家
1960年横浜市生まれ。1989年よりBゼミで現代美術を学び、1991年に修了。2010年2月、アートプロジェクト「似て非 works」を設立し、その年の6月に金庫室のある古ビルを活かし、アートワークでリノベーションした アートスペース「nitehi works」(ニテヒワークス)をオープンする。現在は、nitehi works、nitehi studio運営のほか、アートワーク、ディレクション、アートワークリノベーションなどを手がける。

▽稲吉さんの拠点であり運営するスペース
nitehi works(WEB:http://www.nitehi.jp
神奈川県横浜市中区若葉町3-47-1
日常の中で見過ごされている「価値」や「資源」を探し出し、「そこにしかない、そこだからこそ生まれる『気付き』」を活動の軸とし、あらゆるジャンルが交差する場所としての機能をもつ。
スペースは、大きな窓と吹き抜けのある1階と、1階を見下ろせるデッキをもつ中2階、間仕切りのないワンフロアーの3階、個室に区切られた4階という、表情の異なる4つのフロアーから成る。

写真上_自身でリノベーションを手がけたnitehi worksにて、稲吉稔さん
写真下右_稲吉さんがアートワークリノベーションを手がけた、さくらWORKS運営のイベントスペース「さくらWORKS右側」(2013年)
写真下左_稲吉さんの作品《水の波紋‘95/Bad Omen》(1995年)


註1)Bゼミ_現代美術の学習システム。現代美術の作家が講師として集まり、学生達と一緒に美術について考え、議論し、制作する、実験的かつ先進的な場。1967年設立。2004年まで活動を行った。
註2)「シャンブル・ダミ」展_1975年ベルギー、ゲント現代美術館館長に就任したヤン・フートが、86年、アーティストを市内54か所の一般住宅に送り込み、家そのものを展示会場にした。